1998年10月9日に「日本感性工学会」が,21世紀の情報化社会を担う文化・科学技術を,感性を中心にして発展させていくことを目的に設立されました.感性の計測と定量化に関する手法の開発,揺らぎ・ファジィ・フラクタル・複雑系というような新しい解析方法の導入,情報工学・人間工学・認知科学・心理学・デザイン学などの諸領域にわたって学際的に研究,さらにこうした成果の事業化の可能性に関する調査など,既存の工学や境界領域で取り上げにくいテーマを,積極的に取り上げ研究していこうというものでした.2004年に44の研究部会によって感性に関わる研究が進められていました.

 これに先立ち1997年に,「感性工学の枠組み」[註1]によって,感性工学に関する学際協同研究の枠組み構築のための基礎調査が行われ,感性工学の学問領域としての「枠組み」の把握とその体系を明確にするとともに,感性工学の方向性が示されていました.

 1992から3年間文部省の重点領域研究として行われた「感性情報処理の情報学・心理学的研究」[註2]では,今まで情報科学では扱わなかった感性における情報処理について研究が行われました.重点領域研究で対象とされたものは,画像,絵画,音楽,音声,環境音,表情,デザイン,空間知覚,仮想現実でした.この対称に限っても感性は非常に広い範囲をカバーするので,主として画像・音響のメディアに焦点を当てて,感性情報の表現,生成,モデル化,更に感性データベースなどについて研究が行われました.

 1996年からは,通産省工業技術院のヒューマンメディアプロジェクト(2001年までの5年間)の中において,感性メディア技術,仮想メディア技術,知識メディア技術を包括したヒューマンメディアデータベース技術の確立を目指した「感性工房部会」が発足しました.

 1997年から2001年までの5年間,特別プロジェクト研究として,筑波大学による「感性評価構造モデル構築特別プロジェクト」が行われました.芸術やデザインに対する人の態度は論理的なものではなく,感性的なものであるため,従来までの科学技術分野では,人間の心や感性に関わる問題は,あいまいで定量化が困難であるとの理由から意識的に避ける傾向があり,その結果作品鑑賞という行動もその構造が明らかにされたことはなかったのです.そこで,感性評価構造モデル構築特別プロジェクトでは,人間の作品鑑賞における心的・感性的態度モデルを明らかにすることを研究の目的としたのです.方法としては,ビデオカメラを搭載した遠隔操作ロボットをインターネットにつなぎ,美術・デザイン作品などの実作品を遠隔地から鑑賞したのです.これにより遠隔地からのロボット操作データはサーバーに蓄積され,そのログには鑑賞行動における人間の情緒を含む心的状態の遷移に関するデータが含まれており,これらの鑑賞評価データを解析するという手順を取ったのです.

 上記の目的を達成するため以下の3つの課題研究を並列的に推進されました.
第1課題:鑑賞態度の定量的測度が心理学,芸術の分野でどのように考えられどのような解析技術によって定量化が可能であるかについて基盤的枠組み構築を行い,一方で蓄積される遠隔操作データを解析し鑑賞時における心的・感性評価構造モデルを構築する研究.
第2課題:ネットワーク通信プログラムの開発と入力部のホームページ制作と感性情報データベースを構築し,遠隔地からのネットワークを通してサーバーに蓄積される遠隔操作データを貯蔵する研究.
第3課題:遠隔操作鑑賞ロボットの製作と制御プログラムの実装を行い,それを用いて遠隔地より鑑賞操作実験を実施する研究.

 このプロジェクトは,デザイン学,電子情報学,機械工学,社会工学,哲学思想学,芸術学,等々異分野の研究者が一つのテーマに対して研究を行っており,他に類を見ないものでした.各年度の研究報告書(「感性評価1」〜「感性評価5)には,各研究分野の感性に関わる論文を包括的にまとめています[註3].

[1]原田 昭 編:「感性工学の枠組み」,日本学術会議材料工学研究連絡委員会感性工学小委員会,1997
[2]辻 三郎,「感性情報処理の情報学・心理学的研究」,文部省重点領域研究成果報告書,1996
[3]「感性評価1」1997~「感性評価5」2001 筑波大学感性評価構造モデル構築特別プロジェクト研究報告集, 岡崎 章 編,1997-2001